最近の好きな言葉
「他人への想像力」
僕への想像力を
僕より想像した人がいるのか?
思い浮かべると
従兄弟を思い出します。
ちょっとしたすれ違いがあって
もう10年ちょっと
会っていませんが
お互いに一文無しというか
マイナスの状態から
現在に至るという
貴重な経験をしているので
そもそも細かい言葉は必要ないかも知れません
彼に会うことが
いまの自分の楽しみなんだけど
まだちょっと道のりが長い・・
それは彼への想像力を
働かせることが難しいことが
理由のひとつです
賢い人、行動力のある人
こういう人に対して
想像力を働かせるのはとても難しい
それ以上に
自分の意志で人生を進む人
オリジナルな人を
想像するのはもっと難しい
それは誰にもわからないような
時間の使い方、努力で
人生を進めているからであって
同じことが出来なければ
もしくはそれだけの覚悟がなければ
想像できるわけがありません
会いたい人に
会いたいのなら
自分が会いたいと思われるように
ならなければ
そこに意味はなく
ただの面倒くさい人なわけです
一生懸命生きてる人にとって
意味がないと感じる時間は
何もしていない
何も考えていない時間よりも
1番苦痛な時間になると思います
それがなぜかって?
それは相手への想像力が働くからです
言葉がなくても
相手の心が想像出来てしまうということ
この人は
こういう考え方でこう行動するという
暇なんだけど暇じゃない
会いたいけれど会えない
一生懸命生きている人ほど
ややこしいものかもしれません
仮に自分が
相手に好かれるような人を
演じることはもちろん可能です
僕は
相手への想像力を常に膨らませているタイプなので
それは簡単なことです
でも、それでは全く意味がない。
相手に合わせて
何か意味があるのでしょうか?
相手に合わせて近寄るときは
何か対価を得たいときじゃありませんか?
それが何であれ
その行動は
相手の気持ちに対して知らないふりをするという
1番つらく面倒なことを
相手にさせることになります
「他人への想像力」
色々な意味がまとまった
いい言葉だと思うなあ
「トラントブログ」
全く更新していなかったので
これから時事ネタなどで
更新していきます。
自宅でブツブツと独り言呟くよりは
健全かなーと