TRENTE(トラント)

ダーツが苦手だからダーツ屋になった店主のブログ

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将棋がわからなくても面白い。プロ棋士の対局って何なのか?

 2017年12月1日

abemaTV・麻雀チャンネルをみていて思い出した…。
(文章の途中から厳選した名局集があります。)

「名人になって早く将棋を辞めたい」
村山聖

将棋世界1998年10月号、
先崎学九段(当時六段)の村山聖九段追悼文より。




今、僕は東北の温泉に居る。静養のためである。行く前に、三つ、誓を立てた。一、酒を飲まない。二、嫌なことを思い出さない。三、嫌なことに触れない。

そこへ、村山聖が死んだとの知らせが入って来た。死というものは常に意外なものであるが、半ば予期していたことでもあった。

一年位前、彼が、今まで指した将棋の実戦集を出したいといい出し、ついてはどうしても僕に代筆を頼みたいといっているとの噂が入った。将棋指しが将棋指しの実戦集の代文をする。それを書かねば貧窮するわけでもないので断ろうと思ったが、手術の後の微妙な時期に実戦集を出したいということに、彼の迫力を感じ、迷いに迷った。迫力というのはややこしい言葉だが、ありていにいってしまえば、彼は、死期を悟っているなと思った。

深夜の居酒屋で、郷田、中田功と激論を交わしながら、気合で書くことに決めた。「彼が死ぬと思うから俺は書くんだ」酔った勢いで僕は叫んだ。横で中田功がボロボロ泣いていた。

村山が東京にアパートを借りていた頃たまに飲んだ。ワインが好きな男だった。(この、だった、という言葉にまだ非常なる違和感を感じる)二度ほど、急性アルコール中毒で病院に担ぎ込んだこともあった。二度とも、僕は点滴の横で彼の鞄の中にある推理小説を読んでいた。

一度目に倒れたとき、泥酔し、殆ど歩けないような村山が、勘定だけは割り勘にしようといい張った。理由を訊くと、ろれつの回らない声で、君には借りを作りたくないと呟いたり叫んだりした。

将棋指しがライバルに借りを作りたくない。この神経は分からなくもない。が、それにしても彼は酔っていた。ふらふらだった。それでも必死で財布からお金を出そうとする姿に、僕は一種の狂気と執念を感じた。

実際、村山はシビアな男だった。並みの将棋指し以上にあらゆる勝ち負けにこだわった。麻雀をやれば、彼が勝っているか負けているかは一目で分かった。子供の頃から死を見つめて来た男にしては達観するところがなく、お金の貸し借りには潔癖だった。そのくせ、本誌の大崎編集長と三人で飲んで世界普及のために若手棋士が金を出し合おうと冗談をいうと、次の日にいきなり百万円を用意してきて周りを慌てさせたこともあった。

村山聖は、普通の青年が当たり前のようにすることをしたいという願望が強かった。そのため麻雀を打ち、酒を飲み、人生を、将棋を、ときには恋を語り合った。

二人で飲んだとき、村山が、唐突に僕に向かって「先崎君はいいなあ」といい出したことがあった。健康の話ならば何をいまさらという気がしたが、どうもそうではないようだった。僕に、彼女がいるのを羨ましがっているようなのだ。

自分には夢が二つある、と彼はいった。一つは名人になって将棋をやめのんびり生活すること。もう一つは素敵な恋をして結婚することだといった。大丈夫だよ、君をいいという人が必ず見つかるさ。僕はいった。駄目だこんな体じゃ。彼は震えた。そして呟くようにいった。死ぬまでに、女を抱いてみたい……。それから彼は堰を切ったように家族の話をしはじめた。母に心配されるのが一番辛いといい、自分には兄貴がいて、これが、自分に似ず格好いいんだわ、と何度も何度も繰り返していった。そして東京に来て嬉しいことは、皆と麻雀したり、君とこうして酒が飲めることだといって、倒れた。二度目の点滴のときである。それが、最後の二人の席になった。

村山が膀胱癌になったと聞いたとき、様々に僕はショックを受けた。彼が小さい頃から患った腎臓以外の所が悪くなったのもショックだし、酒や麻雀などの不摂生で自分が片棒を担いでしまったのかとの思いもあった。それにもまして、彼の二つの夢が、どちらか一つでも死ぬまでに叶うのだろうかと思った。彼の体を心配してくれる女性は母親以外にいるのだろうか。彼は恋しているのだろうか。

村山聖には志があった。名人になりたいというでっかい志が。と同時に普通の青年として生きたいという俗人としての欲望もまた強かった。強く、せつなく、そして優しく悲しい男だった。

今、この文章を読んだ方は決して忘れないで頂きたい。そして語り継いで頂きたい。平成初期の将棋界を駆け抜け夭折した男は、将棋の天才だったと。と、同時に人間味溢れる青年だったと。

今、僕の誓いは二つ目と三つ目が脆くも崩れた。仕方がないので、僕は酒を飲んで君のことを思い出すことにする。

 

村山 聖九段
(むらやまさとし 1969年6月15日ー1998年8月8日)
将棋棋士、享年29歳



先週は咳が止まらないため
ほとんど外出せず。
集中力散漫ということで、
直接的な仕事はせず
アニメ&comicsや
YouTubeを見続けていました。

『動画』なので
テーマなく動画をみることって
あまりないですよね。

僕は地上波放送をみません
なんとなく何かをする。ということが、
生活習慣にないんですよね
この辺は自分の性格にも
色濃く出ているというか。
(今日の黒田選手の登板はみましたけど)

この数日間でみたものは、

バジリスク〜甲賀忍法帖〜
(アニメ&comics)
ベルセルク
(アニメ&comics)
をすべて。

羽生善治さんと渡辺明さんの
YouTubeにある
関連動画をほぼすべて

abemaTVの麻雀・格闘チャンネル
これを書いている今、
麻雀チャンネルを開いたら
2015年最強戦・著名人代表決定戦
が放送されていました。

メンバーは
綾辻行人・押川雲太郎・加藤哲郎・先崎学
先崎さん…
現役プロ棋士がTV放送で麻雀やってます。

今までに
abemaTV・麻雀チャンネルに
出演したプロ棋士は

先崎学九段
中田功七段
鈴木大介八段…

今は亡き、村山さんの友人達です。
このプロ棋士の方々の対局に
いろいろな思い出を重ねて観戦しています。




冒頭の村山さんへの弔文
先崎さんといえばヒーローでしたよ。
元天才先崎と呼ばれ
(羽生さんと先崎さんは同時期の奨励会員)
羽生さんは20年以上
現代の天才と言われつづけているので、
元天才はずっと先崎さんのまま。

先崎さん、鈴木さんは
タイトル挑戦や棋戦優勝などで
業界では露出の多い棋士ですが、

中田功七段
ご存知無い方も多いのでは?
中田先生は
『人生を横臥する』といった言葉が似合う
生き様を見せつけるプロ棋士です。
奨励会時代の先崎さんに
麻雀・パチンコをガッツリ教えたという
この中田功七段、
羽生善治前名人から若干28歳で
タイトルを奪取した
現名人佐藤天彦さんの師匠です。

羽生さんが初めて名人挑戦権を手にした時の
対戦相手は米長邦雄名人です。

プロの世界は
勝てなくなったら廃業という
厳しい勝負の世界
天賦の才能に恵まれ
この世界に入る資格を得た方は
その上でさらに、
人生を捧げることを求められます。
(どの業界も厳しいですね)

こういったプロの方々を見ると
人生を横臥する
ということを考えさせられます。

思えば、
将棋が人間と機械がとか…
いつも話題になりますが
前日本将棋連盟会長の米長邦雄先生
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(2012年の日本将棋連盟HPでの画像から)
米長先生が
コンピューターと対局したことで
いまへと続く多種業界への架け橋
礎を築きました。
後日談の『我破れたり』は名著です。




…。
米長さんだからこそのダブルピース。
(囲碁の藤沢秀行先生とは仲良し)
このお二人を超える
逸話を残した方いたでしょうか…
(『突撃』もありましたか。)

第3回電王戦では
振り駒に安倍晋三首相が…

米長先生が残した
10年後、20年後に何が残せるか。
どういうかたちであっても
発展を続けて欲しいですね!

将棋の対局動画を
幾度と無く見て、
この瞬間。というシーンをいくつか
2013年のNHK杯から

羽生善治 vs 郷田真隆

将棋界随一の羽生マニアを自称する
先崎学さんの解説
7:45に指された『8六銀』
約30年みてきたTV将棋の中で
もっとも衝撃の一手

一般的にプロ棋戦の対局では
持ち時間5時間以上など。
(NHK杯は10分、秒読み30秒)
NHK杯は超早指しです。
この構想がどの段階からあったのか?
長い将棋の歴史で
羽生さんだけが指せる一手。
といって良いのではないでしょうか




これも凄かった。
羽生善治 vs 佐藤康光

3:45のところ『9四金』
周囲は羽生さん必敗という局面で
ひとり羽生さんは
『9四金』からの勝ちが見えているという

平成元年のNHK杯
加藤一二三九段vs羽生善治五段

『5二銀』も有名ですが、
これは時代背景もあり
米長邦雄先生の解説が
すばらしいわけです。
(コマの動かし方を覚えようとした時から
ずっと米長先生のファンです。)

ひとつのものを
ながく見ていると
ファンとしては本当にいろいろと
感慨深いものがありますね。

はっしー初登場の時とか
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衝撃ですよ。

白いスーツで登場とか、カメラ目線とか
加藤一二三九段の真似したりとか…
(いずれも前例なし)
女子高生に将棋なんて
『眼鏡をかけたオタクばっかり』と言われ
業界に危機感をおぼえた彼は、
金髪パンチパーマ、カラーシャツへ
…。





伝説となった佐藤紳哉六段(現七段)
200万回も再生されてるのかこれ…
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ヅラでNHKの対局番組に登場。
豊島七段に対してのコメントが…
(衝撃の瞬間)

さすがに苦笑いという
こちらの解説者
2016年5月31日、羽生さんを4−1で破り
初タイトルが名人
九段昇進という偉業を成し遂げた
佐藤天彦名人

2016/10/24 現在
本日付の全棋士レーティング
1佐藤天彦名人 1915
2豊島将之七段 1912
3羽生善治三冠 1893
4渡辺明竜王 1861
5稲葉陽八段 1821
6久保利明九段 1811
7永瀬拓矢六段 1805
8郷田真隆王将 1797

感慨深いものがありますね。
こんな個性全開な棋士を見たのって、
第40回NHK杯を優勝した頃の
早指しの天才
先崎学九段
その後、一緒に
将棋番組のコーナーを持っていた
神吉宏充さん
以来じゃないかな。

先崎さん(師匠は米長先生)は
現在も好成績を残す現役プロ棋士ですが、
1991年2月18日
同大会優勝時のNHK杯準々決勝で
羽生さんに勝利。
それ以後25年間
一度も羽生さんに勝っていません。

2004年2月15日
NHK杯準々決勝 羽生善治名人vs先崎学八段

先崎八段の初手3六歩
(解説 鈴木大介)
効果の有無は別にして、
ゆさぶりってこうやるのか。という…




あれから約10年、
2013年09月22日
鈴木大介八段 vs 高崎一生六段

鈴木八段の初手9六歩
(解説 先崎学)

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9手目まで進めてこんな感じ。
(衝撃です)
ゆさぶりってこうやるんだよ。という…

どの業界でも
ながく好きでいるって素晴らしいですね。
それでは良い一週間を。
(オチなし)